夏の終わり、陸は故郷に戻った。東京での大学生活が始まってから一年が経ち、帰郷に胸を躍らせていた。特に、幼馴染の健太との再会を楽しみにしていた。

「おう、陸！久しぶり！」健太の声が聞こえた。振り返ると、いつもの笑顔で手を振る健太がいたが、何か違和感を感じた。

二人は河川敷に座り、缶コーヒーを手にした。子供の頃からのお気に入りの場所だ。

「で、東京の大学生活はどうだ？」健太が尋ねた。
「うん、すごく刺激的だよ。新しい考え方に触れて、世界が広がった感じがする」陸は興奮気味に話し始めた。哲学の授業で学んだ多様性の価値、留学生との交流で知った異文化の面白さ、ボランティア活動を通じて気づいた社会問題について。

しかし、話せば話すほど、健太の表情が曇っていくのに気づいた。

「へぇ...そうか」健太の返事は素っ気なかった。

「健太はどうだ？仕事は順調？」陸が尋ねた。
「ああ、まあな。地元じゃ変わりないさ」健太が答えた。

会話が続かない。昔なら何時間でも話し込めたのに。

「なあ健太、この町にも色々問題があるよな。俺たちで何かできないかな」陸は思い切って提案した。

健太は急に声を荒げた。「何言ってんだよ。お前にはこの町の何が分かる？たった一年東京にいただけで、偉そうに...」

陸は驚いた。「そうじゃなくて...」
「いいんだよ。お前はお前の道を行けよ。俺たちはここでやっていく」健太は立ち上がり、背を向けた。

「健太...」陸が呼びかけたが、健太は一瞬立ち止まっただけで、振り返ることなく歩き去った。

河川敷に一人残された陸は、遠ざかる健太の背中を見つめながら考えた。自分の世界が広がれば広がるほど、大切な人との距離も広がってしまうのか。でも、これが成長なのだろうか。

陸は空を見上げた。夕暮れの空はオレンジ色に染まりながらも、どこか寂しげに見えた。

「きっと、橋を架けられるはずだ」陸は呟いた。健太との溝を埋める方法を、きっと見つけられるはずだ。それが、自分の広がった世界の真の価値を証明することになるのだから。

陸は立ち上がり、ゆっくりと家路についた。頭の中では、健太との会話が繰り返し再生されていた。これから先、幾度となくこの会話を思い返すことになるだろう。そして、その度に新しい気づきがあるはずだ。